【EVは普及しない?】間違いだらけのEV懐疑論
記事作成:2021/1/13 最終更新:2024/9/25
皆さんおはようございます、八重さくらです!
今回は未だに後を絶たない「EV懐疑論」のよくある間違いについて、徹底解説します!
2020年に政府がカーボン・ニュートラルの方針を明確に示して世界のEV移行に歩調を合わせるなか、メディアやSNSではこれに逆らい、日本の自動車産業を潰そうとするかの如く「間違いだらけのEV懐疑論」の展開が後を絶たない。世界では2023年にトヨタ カローラなどを抑えてEVであるテスラ モデルYが「世界で最も売れた自動車」になり、2024年も世界でEVが成長を続けるなか、減速や失速などといった印象操作が後を絶たない。
当ブログでは従来からそのような「間違いだらけのEV懐疑論」に対して「ファクトチェック記事」を執筆してきたが、似たようなデマが繰り返し散見されることから、誰でも簡単にファクトチェックができるよう「よくある間違い」をまとめた記事を公開することとした。
※本記事では特筆なき場合、EVはBEV(バッテリー=蓄電池のみを使った純電気自動車)を指す。
もくじ
1. 技術・コスト
1-1. EVは内燃機関車より高く普及しない?
1-2. 電池は原材料が高く、コストが下がらない?
1-3. HVの技術がEVに活かせる?
1-4. 海外はEVを売り、国内にはHVを売る?
1-5. ガラケーからスマホへの移行とは違う?
1-6. 今はHVに注力し、EVの性能が上がってから対応する?
1-7. EVは電池が劣化して交換が高価?
1-8. 充電インフラは儲からず持続不可能?
1-9. 全固体電池で一発逆転?
2. 使い勝手
2-1. 寒冷地では航続距離が落ちる?
2-2. 豪雪地帯で立ち往生したら助からない?
2-3. 立ち往生した後の救援が大変?
2-4. 航続距離が短く充電に時間がかかり、使い勝手が悪い?
2-5. EVが普及すると電力不足になる?
2-6. EVは停電したら使えず、災害に弱い?
2-7. EVは浸水したら壊れたり、感電する?
2-8. EVは電池が燃える?
3. 環境性
3-1. 日本ではEVよりもHVの方がエコ?
3-2. カーボン・ニュートラルの達成にもHV?
3-3. 電池の製造で大量のエネルギーを使うからエコではない?
3-4. 電池がすぐに劣化して交換が必要なのでエコではない?
3-5. 廃車や電池のリサイクルによる環境負荷が高い?
3-6. FCVは究極のエコカー?
4. 参考文献
1. 技術・コスト
1-1. EVは内燃機関車より高く普及しない?
EVの車両価格の高さを念頭に「(特に低価格な軽自動車多い国内では)普及しない」との主張があるが、この主張はコスト構造の違いと、今後のコストの削減を無視している。
①内燃機関車とのコスト構造の違い
内燃機関車は「初期費用が低くメンテナンス費用が高い」というビジネスモデルに対して、EVは「初期費用が高くメンテナンス費用が低い」という違いがある。例えばハイブリッド車(HV)であるトヨタ プリウス(Gグレード)の320万円に対してEVのテスラ モデル3 RWDは約531万円であり、プレミアムセグメントという車格の違いはあるものの、初期費用はモデル3の方が200万円以上高い。一方で東京都で補助金を使って購入し、10年間・8万km乗った場合のコスト差は約24万円(=年間約2.4万円)まで縮み、葛飾区など一部の地域では独自の補助金により、さらに差が縮まる。
また、テスラ モデル3よりもコストパフォーマンスに優れた大衆車のEVで比較すれば、EVのほうが安くなる場合もある。例えば日本を含む世界のカー・オブ・ザ・イヤーを受賞したヒョンデのIONIQ5は479万円~、世界最大のプラグイン車メーカーであるBYDのDolphinは363万円~で販売されており、10年間保有するとトヨタ プリウスよりも100万円近く安くなる。さらに、現在プレミアムセグメントに分類されるテスラ車についても、後述の通り、2.5万ドル(約350万円)程度の普及価格帯の車両の発売を予定している。
欧州などと同様、将来的に普及率が上がると補助金や税金などのインセンティブは徐々に少なくなると予想されるが、後述の通りこれに合わせてEVの価格も下がるため、長期の保有コストが高くなるとは考えにくい。
また、これは日本国内や特定の車種に限ったものではなく、例えば以下の記事ではID.4は同等の内燃機関車と比べて大幅に割安なコストで保有できると試算されている。
※参考:Volkswagen ID.4 vs. Volkswagen Tiguan — 5 Year Cost of Ownership
前述の通り、EVの価格は長期の保有コストでは既に内燃機関車と変わらない水準まで下がっているが、車両価格の大部分を占める電池の価格はさらに下がり続けている。例えば2013年から2023年の価格の推移を見ると、2013年に780ドル/kWhだった電池パックの単価は、2023年には139ドル/kWhまで下がり、「EVと内燃機関車が同じ価格になる」とされる100ドル/kWhが目前に迫っている。
一方で2022年を見ると前年の150ドル/kWhから161ドル/kWhに上昇しており、一見するとここ数年間は下げ止まっているようにも見える。これは予想を上回るペースでBEVやPHEVの普及が進んだことが原因で、電池や電池原料の増産よりも早く普及が進んでしまい、需給がひっ迫したためだ。
特に2020年から2022年にかけて年間1.5倍程度の増加が続き、リチウムイオン電池の原料となる炭酸リチウムの先物価格が約4万元/トンから最大で約60万元/トンと15倍程度まで上昇。その後2023年から徐々に低下し、2024年9月現在は約7万元/トンまで低下した。
価格の定価が原料価格から電池価格、そして電池価格から車両価格に反映されるまでは時間がかかるものの、BloombergNEFでは24年以降も下落が続き、26年には100ドル/kWh、30年には80ドル/kWhまで下がると予想している。
※参考:Lithium-ion Battery Pack Prices Rise for First Time to an Average of $151/kWh
※参考:Lithium-Ion Battery Pack Prices Hit Record Low of $139/kWh
参考までに、電池価格が100ドル/kWhまで下がった際の、軽自動車の価格を試算してみよう。日産自動車によると、軽自動車は近場の足代わりとして使われることが多く、1日の走行距離は100km未満が8割を超えるという。少し余裕を見て、200km程度の航続距離を実現するには30kWh程度の電池が必要になる。仮に今後円安が緩和した場合は電池の価格は30万円程度となり、トランスミッションなどの可動部品の削減が加わることで、内燃機関車とほぼ同等のコストになるだろう。これにEVの低い維持費が加わることで、長期の保有コストはさらに安くなると予想される。
一方で、中型の乗用車で500km程度を走るには、概ね60~80kWh程度の電池容量が必要になる。仮に電池の価格が60~80万円程度であれば、後述の様な構造や製造工程の工夫と合わせることで、ほぼ同等のコストが実現できるだろう。
また、未だに「EVは補助金がなければ成立しない」といった批判も見られるが、上記の通り早かれ遅かれ内燃機関車と同価になることに加え、ノルウェーなど一部の国では補助金が廃止されてもEVの販売が衰えていないことが、この批判の矛盾を証明している。
1-2. 電池は原材料が高く、コストが下がらない?
電池のコスト構造を念頭に「電池はコストに占める原材料の割合が高くコストは下がらい」とする主張があるが、前述の通り、原料価格の高騰が解消すれば数年以内に大幅なコスト削減なしでも内燃機関車と同等の初期費用になると見られている。一方でこれに加え、量産が開始したばかりの近代的なEVは日進月歩で進化しており、以下のように技術革新による大幅なコスト削減も見込まれている。
①電池の技術革新によるコスト削減
再エネの普及とともに需給変動の吸収役として期待されている蓄電池は、ここ数年で市場規模が急成長。世界から多くの投資を集めながら日々様々な新技術が登場している。なかでも特にコストの削減において期待されているのが、リン酸鉄リチウムイオン電池(LFP)とナトリウムイオン電池(NIB)だ。
このうちLFPは従来のリチウムイオン電池と同様に原料として希少金属であるリチウムが必要となるが、従来の三元系とよばれる電池のようなニッケル・コバルト・マンガンなど高価な材料は使用せず、コストを大幅に削減できる。LFPは既にテスラ車のベースグレードやBYDの全EVなど多くの普及価格帯の車種に採用され、年々シェアが高まっている。従来はベースグレードなど航続距離が短い車種にしか使われなかったが、現在はBYDの「ブレードバッテリー(平たくて長細い形状の電池)」のような新たな搭載方法により密度を向上させたり、マンガンを添加してLMFPとすることでコストを抑えながら三元系と同等の密度を実現する技術も実用化。今後もシェアの拡大が期待されている。
一方で、NIBは希少金属であるリチウムの代わりに、豊富に採掘可能なナトリウムを使う。LFPやLMFPの性能向上に伴い十分にコストと性能を担保できるとの見方もあるが、NIBが量産に成功すれば、さらにコストを削減できる可能性がある。ただし初期段階では車載電池ではなく、定置型蓄電池や小型モビリティでの採用が期待されている。
さらに国内メーカーからは東芝が6分で80%まで充電可能なSCiB電池を販売中で、現在課題となっている密度の課題を解消した次世代版が、2023年内の商業化を予定している。充電速度が向上すればより少ない電池容量でも利便性を確保できるため、軽量化や低コスト化につながる可能性がある。
②車両や製造の技術革新によるコスト削減
内燃機関車と同等のコストになるだけでは優位性は限られるが、これに加えEVならではのコスト削減方法として、テスラが2020年の「Battery Day」という投資家向けのイベントにて新たな電池技術を発表。
※参考:【速報】 テスラ「バッテリー・デー」のポイントを解説
このイベントでは電池セルの設計や製造方法だけでなく「車両への搭載方法の見直し」というEVならではの方法により、航続距離を約1.5倍に増やしつつコストを現在の半分以下まで下げる方法が発表された。現在の同社の最も安価な車種はモデル3で、ベースグレードは約4万ドルから販売されているが、このイベントでは同時に2.5万ドル(約350万円)の小型車の発売も発表。さらに2023年の「Investor day」では、この車両に使われる新プラットフォームの製造方法が説明された。
従来の自動車の製造においてはベルトコンベア式な流れ作業が一般的だったが、新プラットフォームでは大型鋳造部品の導入などにより大幅に部品点数を減らした上で、上記のように部品ごとに分割して組み立てを行うという。これにより工場の面積を40%、小型化の恩恵も含めコストを50%削減できるとした。
※参考:再エネシフトのためのアクションとは? テスラ「2023 Investor day」徹底解説【02】
なお、国内の自動車産業を代表するトヨタ自動車もEVを推進するため、佐藤新社長のもと社内に独立した「BEVファクトリー」の設置を発表。テスラと同様の大型鋳造部品や自走式の生産ラインなどを用いることで、工場の面積や製造コストを半減できるとした。実際にこのプラットフォームや製造方式を採用したEVの発売は27年以降となるが、実用化すればコストの大幅な削減が期待できるだろう。
③一部メーカーでは、既にEVと内燃車の同価格を実現
これまで電池や車両などのコスト削減に触れたが、当然ながら少量生産では活かすことはできず、一定の量産規模が必要となる。例えば2023年に300万台以上のEV(PHEV含む)を販売したBYDは、2024年のQ1から順次「Glory Edition」と呼ばれる各車種の新型を発売、新機能を搭載しつつ大幅な値下げを実現。
例えば国内でも発売されているDolphinは約15%値下げし99,800元(約200万円)に、同社で最も安価なSeagullは約5%値下げし69,800元(約145万円)~購入可能となった。2024年型では多くの車種でBEVを内燃車と同価格に、PHEVは内燃車よりも安価な価格を実現している。
④今後のコスト削減の予想
多くの投資機関がEVのコストや普及率の予想を発表しているが、最も注目すべきはARK INVESTの予想である。多くの組織がこれまで幾度となく上方修正を繰り返す中、ARK INVESTは数年前から正確な予想を行っており、現在のEV普及率とほぼ合致している。
※参考:The Future of Autos and Trucks is Electric(2017, ARK INVEST)
そんなARK INVESTが正確に予想できている最大の理由はズバリ「ライトの法則」であり、ARK INVESTでは「(同等の性能であれば)累積生産量が倍増するたびにコストが15%低下する」と指摘している。これは世界で初めて内燃機関車を大ヒットさせたフォードが産み出したT型フォードだけでなく、近代的なEVであるテスラモデル3にも既に当てはまっている(2017年の発売以降、累計生産数に合わせてコストが減少している)という。
このように、EVのコストを予想するには電池単体だけでなく、EVをこれまでの自動車とは全く異なる新しい製品として捉える必要があるだろう。
※参考:ライトの法則が予測した109年間の自動車生産コスト推移、そして現代のテスラのケース
1-3. HVの技術がEVに活かせる?
EVとHVの技術について「違いは内燃機関の有無のみであり、HVの技術があればEVも作れる」との論調が多いが、これは不正確な認識である。確かにモーターやインバーター、電池など個々の部品や技術では共通点もあるが、以下のように内燃機関の有無によって大きく変わる部分も多い。
①遠出で重要な急速充電性能
HVやPHEVで遠出する際はガソリンの補給が基本だが、EVは給油の代わりに急速充電が必要であり、急速充電の速度が重要となる。一定以上の急速充電速度を確保できれば休憩時間だけで充電が完了するが、充電が遅い場合は休憩の頻度を増やしたり休憩時間を伸ばす必要があるためだ。
上記の例では車種によって最大60kW~150kW程度の出力を許容できているが、2019年に発売されたレクサス初のEVであるUX300eは最大50kWまでと、150kWを許容できるAudi e-tronなどと比べて実用性が大きく劣っている。さらに2022年に発売されたbZ4xでは最大150kWとされたが、この速度を享受できるのは24時間あたり約2回の充電までであり、遠出する際は充電時間が伸びることになる。2023年のアップデートにより3回以上に緩和されたが、24時間あたりの制限がない他社のEVと比べると、不便と言わざるを得ないだろう。
このように、EVは補助的に使われるHVの電池とは異なり、求められる性能や電池管理方法(BMS)が大きく異る。
内燃機関を搭載するHVの場合、室内レイアウトは従来の内燃機関車と同等の制約を受ける。しかしEVは内燃機関が不要となり、より室内空間などのレイアウトを自由に設計でき、小さな車体で大きな室内空間を確保したり、荷物スペースを確保することが可能となる。さらにクラッシャブルゾーンの拡大にが可能で衝突安全性の向上にもつながる。
上記はイスラエルのEVプラットフォームを専門とするスタートアップ「REEオートモーティブ」が設計したREEプラットフォームで、必要な全ての機器が床下に配置されている。これはスケートボード型と呼ばれテスラ車など多くのEVに採用されているが、内燃機関車から受け継いだ従来のプラットフォームとは作りが大きく異なり、独自のノウハウが必要となる。
電池が小さいHVは座席の下部など車内に搭載することが多いが、電池が大きいEVは床下に敷き詰めて搭載する方法が主流となる。通常は「セル」→複数のセルで構成した「モジュール」→複数のモジュールで構成した「パック」の構造を持ち、最終的には1つのパックを車体(シャーシ)に固定する。
これを更に進化させた構造として、セルtoパック(モジュールを使わず、セルから直接パックを構成)やセルtoシャーシ(モジュールやパックを使わず、セルを直接車体に固定)などの新技術がある。例えばBYDの「ブレードバッテリー」やテスラがバッテリーデーで発表した「Structural Batteries」がこれにあたり、小型化や軽量化に寄与している。
これらの大量の電池を効率よく搭載する技術はHVには存在せず、EVならではの技術である。
④車両全体の効率と電費
HVを含む内燃機関車は内燃機関から供給される熱を利用していたが、EVでは必要な熱をすべて電池から生成する必要がある。これを言い換えると、EVは内燃機関車とくらべて高度な熱管理がなければ、電費が大幅に悪化することを意味する。
これ対して例えばテスラでは「オクトバルブ」と呼ばれる装置を使い、電池、モーター、インバーター、エアコンなど、あらゆる部位の熱を統合管理することで高い電費性能を実現している。
一方で、HVの王者とも言えるトヨタが発売したEVであるbZ4Xは、以下のような国内外の長距離走行テストにおいて、充電性能や実電費の悪さが指摘されている。
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なお、充電性能など一部の機能は2023年や2024年の年次改良で改善しており、最新のテストでは高い効率性を示している。これはHVの経験だけでは効率の良いBEVを作ることはできず、実際にBEVを発売し経験を積むことが必要であることを示している。
1-4. 海外はEVを売り、国内にはHVを売る?
自動車産業はグローバル産業であり、今後HVを含むガソリン車が禁止される海外でも売れる車を作り続ける必要があるが、国内の自動車メーカーに対して「急速にEVが拡大する欧米中などの海外ではEVを販売し、国内ではHVを販売する」という意見がある。これは「火力発電が多い」「EVの急速充電インフラが貧弱」という国内の状況を鑑みたもので一見理にかなっているとも見えるが、これには大きな落とし穴がある。
前述の通り、HVとEVではプラットフォームから大きく異なる。トヨタがBEVの開発のために「BEVファクトリー」を立ち上げたことからも分かるように、HVとEVは別々の車種として開発する必要がある。仮に同じモデル数を維持する場合、(一部は共通化できるとしても)単純計算で2倍近くの開発費が必要となり、同じ開発費をかけた場合は車種が半分に減ることを意味する。
体力があれば「全方位戦略」として両方に対応することも可能かもしれないが、販売数が倍増しない限り、収益性の意味ではEVのみに注力するメーカーと比べると相対的に不利になってしまう。
「火力発電が多い」という現状については後述の通り、再エネの導入により電力のカーボン・ニュートラルとなる計画である。当然ながら、電力がクリーンになればHVよりEVの優位性が高まる。
「EVの急速充電インフラが脆弱」という現状についても2020年12月25日に策定された「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」にて拡大が決定しており、2021年より着手。
さらに2023年3月29日には「高速道路における電動化インフラ整備加速化パッケージ」として、2025年度末までに、高速道路SAPAの充電器を2022年度末の2倍以上にあたる1,100口に増やす計画を発表。
さらに同年8月28日には「充電インフラ整備促進に向けた指針(仮称)の案について」として口数や出力など倍増を発表、10月にはパブリックコメントを反映した確定版が公開された。
具体的には、従来は30年までに合計15万口としていた公共充電インフラの目標について、30年までに30万口に倍増。さらに高速道路の急速充電については最低90kWを基準として150kWも設置、従来40kWだった平均出力を80kWまで高めるとしている。
ただし欧州では2023年7月に「2026年までに60kmごとに最低150kWを1口以上、1箇所あたり合計400kW以上(2028年以降は600kW以上)を整備する」という法律が可決しており、この目標は決して十分とは言えないことも確かである。
参考:Europe passes two big laws to make EV charging a whole lot better
1-5. ガラケーからスマホへの移行とは違う?
ガラケーが壊滅してスマホに移行した歴史に酷似しているという指摘に対して「ガラケーとの違いは、ガラケーの技術をいくら磨いてもスマホは作れない」「HVの場合はEVにも技術の転用が可能」とする主張がある。
前述の通りHVの技術を転用するだけでは魅力的なEVは作れないことを説明したが、改めてガラケーとスマホの違いを整理してみよう。実は、ガラケーとスマホには技術的な違いはなく、機能的にも「通話」「メール」「カメラ」「ネット」「アプリの追加」など、スマホの全ての機能がガラケーにも付いていた。一方で、ガラケーであれば「お財布ケータイ」「ワンセグ」といった当時のスマホにはない機能も付いていた。
しかし、それでも消費者はiPhoneを選んだ。それは技術や機能の違いではなく、デザインや操作性といった「UX(ユーザ体験)」が優れていたからだ。
それでは、HVとEVにおけるUXの違いは何か。運転が好きな人はアクセル操作に瞬時に応答するダイレクトな走りに虜になるが、一般消費者にとってはそれよりもスマート性、すなわちスマホならぬスマートカーであることが重要だ。EV・スマートカーになると、例えば以下のようなことが可能となる。
- 自由なレイアウト設計による、広大な室内空間や荷室
- オイルやブレーキの交換が不要で、維持費が安くメンテナンスが楽
- 給油不要、5秒でコンセントに繋げるだけで翌朝には満タン
- 振動や騒音が少なく長距離の移動でも疲れにくい
- 深夜・早朝の住宅街でも近所迷惑にならない
- ブレーキを踏んで電源ON、降りれば電源OFF
- ソフトウェアアップデートによる進化
- Youtube、Netflix、Spotify、ゲームなどのエンタメ機能
- セントリーモードなどのセキュリティ機能
- UI、音声コマンド、操作性の向上
- 運転支援、緊急回避支援などの安全性向上
- 将来的には完全自動運転に対応
- スマホとの連携(コネクテッド機能)
- 乗る前にスマホから冷暖房の操作
- 駐車場に停めた車の移動
- 世界のどこからでも遠隔ロック解除
- キーレスで運転
※参考:テスラのある生活スタイル
これらのスマートなUXの多くはガソリン車やHVでは実現が難しく、EVへの移行が必要であることがわかる。確かにガラケーの技術を磨いてもスマホは作れないが、それと同じようにHVの技術を磨いても魅力的なEV・スマートカーは作れないのである。
なお、実際に三菱自動車はこのEV・スマートカーの波に乗れず、2023年に事実上中国市場からの撤退を発表している。スマートカーはSDV(Software Defined Vehicle=ソフトウェアによって定義される車)とも呼ばれ、ソフトウェアの開発力が大きなカギを握ることになる。ところが多くの既存自動車メーカーはソフトウェアを軽視する風潮があり、今まで自社での開発力に投資してこなかった。
一方で、テスラが生まれた米シリコンバレーや中国の新興EVメーカーではソフトウェア技術者への投資をいとわない文化があり、これらのような企業に追いつくことが喫緊の課題といえるだろう。
1-6. 今はHVに注力し、EVの性能が上がってから対応する?
電池技術が未熟であることを理由に「今はHVに注力し、技術が熟してからEVを作れば良い」という主張があるが、これにも大きな落とし穴が存在する。
前述の通りEV特有の技術が育たないことも問題の1つだが、最大の問題は電池の確保である。過去にはトヨタがRAV4 PHVの電池を確保できずに受注を停止したり、日産アリアやリーフの納期が長期化したが、EVになればHVやPHVの数倍~数十倍以上の電池を確保する必要があり、世界中の自動車メーカーとの勝負となる。
※参考:「現実解」のPHVに電池の壁、トヨタRAV4年内打ち止め
確保の問題だけではない。EVの性能を左右する電池はガソリン車のエンジンと同じくらい重要な部品であり、電池を外部メーカーに依存することはエンジンを外部メーカーに依存することと同義だ。実際に日産やテスラは早期から自社生産や協力なパートナーを組み、自社向けの専用工場を建設している。強力なEV転換を進めるVWやGMも同じ方法をとっている。
※参考:フォルクスワーゲンが電気自動車用バッテリー工場にさらなる投資〜『MEB』も着々と進展
※参考:GMとLG化学が世界最大級のEV用電池工場建設計画を発表
トヨタも日本でPanasonicと共同で電池工場を運営し、米国ではLGと共同で電池工場を建設しているが、一朝一夕で拡大できるものではなく、海外メーカーと比べて拡大の遅れが懸念されている。
さらに、現時点では国内の電池生産能力が少なく、中国など海外への依存が強い点も問題だ。2024年9月には経産省が国内メーカーに対して新たに1,600億円の補助金を発表、年間81.5GWhの増産が見込まれている。経産省では2030年に年産150GWhを目標としているが、確実に目標を達成することが重要になる。
※参考:自動車メーカー各社のバッテリー確保に国の補助金認定/目標は年間150GWhの生産能力
1-7. EVは電池が劣化して交換が高価?
初期に販売されたEVにおいて電池がすぐに劣化して航続距離が減ることを引き合いに「EVは電池交換が必要で高価である」とする主張があるが、これは過去の話である。近年では電池自体や温度管理機能が大幅に向上し、例えばテスラ車両の平均的な走行可能距離の減少を見ると、20万マイル(約32万km)走行したあとでも約90%を維持している。
国内の平均的車両が廃車するまでの走行距離は10万km~15万km程度とされており、極端に長距離を走る使い方やサーキット走行をしない限り、購入後の電池の交換は不要である。ただし急速充電を繰り返すことで充電性能が劣化して充電速度が落ちる場合があるため、後述の通り自宅での基礎充電を中心とすることを推奨する。
1-8. 充電インフラは儲からず持続不可能?
多くの充電インフラ企業が黒字化できていないことを背景に「充電インフラは儲からず持続不可能」とする声があるが、これも急拡大を続ける成長産業に対しては的外れな意見である。EVの新車販売は直近10年間、平均で年間50%前後の割合で成長を続けており、当然ながら充電インフラもこれに見合う(或いは上回る)速度で先行投資する必要があり、利益を出す段階ではない。
一方で、例えば欧州充電大手のFastnedは2023年第2四半期の決算発表でキャッシュフローがプラスに転じたことを発表。たとえスタートアップの段階では赤字でも、軌道に乗れば自己資金で事業を拡大できることを示唆している。
※参考:Fastned: More Money In, Less Money Out
1-9. 全固体電池で一発逆転?
全固体電池は安全で高性能な次世代電池として、早期の実現が期待されていた。例えばトヨタは「名古屋オートモーティブワールド2019」にて、2020年の東京オリンピックで使用する車両への搭載を発表。さらに2020年には、2020年代前半に市販車へ搭載することも発表された。
ところが、既知の通り2024年まで実際に市販化されることはなく、幾度となく延期が繰り返されてきた。
もちろん進展がないわけではない。例えばトヨタは2024年に出光興産と共同で記者会見を開き、原料の量産に目途が付いたとして2027~2028年に市販車を発売することを発表。日産は2028年度までに、ホンダも2020年代後半の市場投入を目指すことを発表、さらに海外でも多くのメーカーが同様のタイムラインを示している。
ただし、現時点では、いずれのメーカーも大衆車として安価に量産できる時期は発表されていない。一般論として、どんな技術でも最初の製品は高価で少量生産される傾向にあり、量産により価格がこなれるまでは相応の時間がかかる。
一方で、現在主力の液系のリチウムイオン電池は進化が続き、特に近年ではLFP(リン酸鉄)リチウムイオン電池が価格面や安全性だけでなく、性能面でも大きく進化。例えばBYDのLFPブレード電池はセルの形状を工夫し、中型の乗用車でも80kWh程度の搭載が可能になった。このブレード電池は釘刺し試験においても温度上昇を60℃程度に抑え、発煙・発火しない安全性を謳っている。
このほか、電池最大手のCATLは2024年4月に「神行Plus」と呼ばれる高性能LFP電池を発表。三元系と並ぶ4C(容量の4倍、すなわち容量60kWhなら最大240kW)の充電速度、最大1,000kmの航続距離、-20℃の寒冷地での超急速充電に対応し、従来の「LFP=低性能」という常識を覆した。
CATLが神行Plus電池を発表、最大速度は4Cと従来の神行電池と同様ながら密度を205Wh/kgに向上。
— Sakura Yae/八重 さくら(@yaesakura2019) April 26, 2024
搭載容量を上げることで(CLTC?)1,000kmの航続を達成、10分の充電量は400kmから600kmに向上、-20℃でも超急速充電可能としています
CATL unveils world’s first LFP battery with 4C ultra-fast… https://t.co/AqKs5nhDUd
もちろんより高性能な全固体電池が実現したならば、そちらを使えばよい。一方で、日進月歩のように改善が続く従来の電池を使ったEVに注力しないことは、大きなリスクとなるだろう。
2.使い勝手
2-1. 寒冷地では航続距離が落ちる?
真冬の寒冷地などで「寒くなるとバッテリーの性能低下により航続距離が短くなる」という主張がある。これは暖房の問題(エンジンの排熱が無いため、その分バッテリーを消費)や、バッテリーの化学的な問題(温度が下がるとバッテリーの内部抵抗値が上がり、取り出せる電力量が減る)があるため、一見すると真っ当な主張である。しかし、これを理由に「EVは寒冷地に向いていない」と結論づけるのは早計だ。
寒冷地で燃費/電費が悪くなる現象はガソリン車やHVでも見られるが、EVではどの程度変わるのだろうか。例えば米国エネルギー省によると、ガソリン車は-15%、HVは-30%~-34%、EVは-39%変わるというデータがある。
やはりEVはダメだと思われるかもしれないが、実はこれには対策方法が存在する。例えば日産リーフやテスラモデル3を始めとした最新のEVでは暖房にヒートポンプを使用しており、暖房効率が2倍~3倍程度向上している。また、バッテリーヒーターを搭載している車種では(コンセントにつないだ状態で)ドライブ前にバッテリーを温めておくことで、化学的な問題で航続距離が短くなることを回避できる。
※参考:Tesla Model Y Range: Battery Preconditioning Makes A Huge Difference
例えば上記の例ではヒートポンプエアコンとバッテリーヒーターが搭載されたテスラモデルYで事前にバッテリーを調整(プレコンディショニング)することで、-8℃の環境でも航続距離の低下を19%に抑えられることを表している。これはHVよりも優秀であり、ガソリン車とも大差ない結果である。(以下のグラフのモデルYのデータは米国エネルギー省とは測定条件が異なるため、あくまで参考程度に)
寒冷地でも対策さえすれば使用可能であることは、実際に北欧でEVが売れていることからも証明されている。2020年12月のEVのシェアを見ると、補助金が手厚くEVの普及が進んでいるノルウェーで66.7%(PHVも入れると87.1%)、オランダでは69%(PHVも入れると72%)を達成している。
※参考:Norway Hits Record 87% Plug-in EV Share & 66% Pure Electrics In December
※参考:72% Plugin Vehicle Market Share in the Netherlands!
2-2. 豪雪地帯で立ち往生したら助からない?
2020年の年末に日本海側を中心に大豪雪に襲われ、これを引き合いに「EVで大豪雪に見舞われ立ち往生したら凍死する」という趣旨の主張があるが、これも誤った主張である。
前述の通り近年のEVはヒートポンプによる効率的な暖房を装備しており、例えば以下の実験によるとモデル3で外気温3℃の環境において、暖房を21℃に設定すると1時間あたりの消費電力は735Wだった。モデル3のロングレンジであれば82kWhのバッテリーを搭載しており、50%の残量があれば55時間以上持つ計算になる。
※参考:A comparison of a Tesla Model 3 with a heat pump to one without shows impressive results
当然ながら温度が下がれば消費電力も増えるが、多くのEVの検証動画を公開している「Bjørn Nyland」氏によると、-5℃程度の場合の消費電力は1kW程度とされる。
※参考:How long can a Tesla keep you warm in winter?
これに加えて、非常時には暖房の設定温度を凍えない程度に下げることでさらに伸ばすことが可能で、さらに暖房の代わりにシートヒーターや電気毛布などを活用すれば数日以上凌ぐことも可能である。何よりも重要な点は、EVはエンジンがなく排ガスが出ないため一酸化炭素中毒による死に怯える必要がないこと。電気が無くなるまで命の心配をすることなく安心して寝られ、電気が無くなりそうなら避難することもできる。
2-3. 立ち往生した後の救援が大変?
EVはガソリン車のように燃料を携行缶で運べないことから「立ち往生して電欠した場合の救援が大変」という主張があるが、これも解決方法が存在する。
①街灯がある場所はコンセントを設置
街灯がある場所は既に電気が通っており比較的容易にコンセントを設置でき、バッテリー上がり時の救援はもちろん、そもそもバッテリー上がりを防止することも可能。
②急速充電器を搭載した救援車両の活用
コンセントがない場所でも移動式の急速充電器を搭載した救援車両で数分間充電することで、近隣の充電器までの走行が可能になる。例えば以下のような仕組みを応用し、30kW程度の中出力の充電器を複数搭載して長めのケーブルと組み合わせることで迅速な救援が可能となる。
※参考:EVの“電欠”をお助け、現場作業や災害時にも役立つ移動充電車
※参考:「自走できる」EV用急速充電器が日本に上陸。容量は初代リーフ2台分
解説図も作ってみましたpic.twitter.com/y9glkO3feG
— Keiichiro SAKURAI (@kei_sakurai) January 6, 2021
2-4. 航続距離が短く充電に時間がかかり、使い勝手が悪い?
EVが登場した頃からの根強い主張として、「EVは航続距離が短く充電に時間がかかるため、使い勝手が悪い」というものがある。確かにガソリン車のように5分で燃料補給が完了しないことは事実なので一見すると真っ当な主張かのように見えるが、これも多くに人には当てはまらないものである。
カタログでの電費や航続距離を表す基準は色々あるが、最も現実に近い(厳しい)米国「EPA」基準で見ると、2010年に発売された世界初の量産EVである日産リーフではわずか117kmだったものが、2019年に発売されたテスラモデルSでは647kmまで進化。ガソリン車と遜色ない航続距離を達成している。
また、2020年現在に米国で発売中のEVの航続距離は中央値で250マイル(約402km)を超えており、多くの人の1日の平均走行距離が数十km程度であることを考えれば十分だろう。
※参考:New US Electric Vehicles Now Have 250-Mile Median Driving Range
ガソリンスタンドでしか給油できないガソリン車とは異なり、EVは自宅での基礎充電が基本である。帰ったらコンセントにつなぐだけで、翌朝には満充電になっている。充電するには最低限200Vコンセントがあればよく、戸建てであれば数万円程度で付けられる。集合住宅の場合は国や地方自治体からの補助金を活用することになるが、例えば東京都であれば消費税程度の負担で付けられる。
前述の通り航続距離が長い車種であれば満充電で400km~600km走行可能だが、遠出するときは1日でそれ以上走る場合もあるだろう。その場合は急速充電が必要になり、多くの車種では約30分で80%程度まで回復するが、充電が終わるまで30分間じっと待つ必要はなく、休憩中に充電することが一般的である。
もちろん全員がきっちり30分以上休憩するわけではないが、「300kmを超えるドライブでは過半数のドライバーが30分以上休憩する」というデータがある。加えて30分きっちり充電する必要はなく、目的地(次の充電場所)まで走行できる分だけ充電すれば問題ない。
前述の通りテスラが2021年より生産を開始する予定の新しい「4680」と呼ばれる新しいバッテリーでは充電速度が大幅に向上すると見られていて、例えば以下の見積もりでは容量10%~68%で200kW以上の出力を維持できるとされている。これはモデル3ロングレンジ(航続距離560km)に換算すると約325km走行分であり、10分未満で300km走行分を超える電力が充電できるようになるとみられている。
ただしこれらの充電性能を活かすには150kWから350kW級の急速充電インフラの整備が必須であり、日本国内ではテスラ川口SC(最大250kW)の1箇所のみ(2021年1月現在)に留まる。欧米中では既に250kW~350kW級の設置が進んでいるが、国内では今後は前述の通り整備が加速することが予想されているものの、引き続き状況を注視する必要がある。
2-5. EVが普及すると電力不足になる?
2020年12月17日に自工会会長の豊田氏が「夏の電力消費ピーク時には10~15%電力が不足」「原子力発電でプラス10基、火力発電であればプラス20基が必要」とする主張を展開した。これは明確な計算の根拠は示されず、数字だけが独り歩きしている。
①電力のピーク時間帯は?
電力の使用量は季節や時間帯によって大きく変動するが、夏のピーク時間帯はお昼の前後。冬の場合は暖房を使用するために朝夕がピークとなる。
②EVが充電する時間帯は?
前述の通りEVは基礎充電が基本であり、多くの場合は「人が活動して需要がピークとなる昼間」ではなく「オフピークである夜間」に充電することになる。また、車の平均的な稼働率は1割程度と言われており、残りの9割は駐車場に停められている。電気自動車には大きな蓄電池が搭載されており、車を使用しないときはオフピーク時に充電し、ピーク時に放電することで電力のピークシフトにも活用できる。
③全ての乗用車がEVになると?
以下の記事では国内の全ての乗用車(6,000万台)がEVになったときの消費電力を試算しており、2014年度の消費電力(863,817GWh)に対して10%程度増えると予想されている。
これだけ見れば「やっぱり電力が足りなくなるのでは?」と思われるかもしれないが、実は近年では省エネが進み、一般家庭の電力消費量は2010年頃をピークに2015年度は約18%も減少している(上記の記事によると発電ベースでも12.5%減少)。よって、仮に国内の全ての乗用車がEVになっても、電力不足になることは考えにくいだろう。
2-6. EVは停電したら使えず、災害に弱い?
電気はガソリンと違って持ち運べないことから「EVは停電などの災害に弱い」とする主張があるが、これは事実とは正反対の主張である。
①災害による停電時の復旧時間
例えば2018年に発生した大規模な停電の99%復旧時間は以下の通りだ。
- 北海道胆振東部地震:約50時間
- 台風21号:約120時間
- 台風24号:約70時間
- 西日本豪雨:約100時間
これだけ見れば「やはりEVだとダメじゃないか」と思われるかもしれないが、そう結論づけることは早計だ。上記の時間はあくまで最も運が悪かったときの場合であり、多くの場合はそれよりも短時間で復旧している。さらにEVには大きな蓄電池を搭載しており、いざとなれば数日間は逆に家の電力を賄い、停電を回避することも可能である。半径数十kmの地域全体が長期間に渡って停電することは非常に稀であり、もしそれでも回復しなければ近隣の急速充電器で充電することで家庭の電力を維持することも可能となる。
②ガソリン車との比較
一方で災害やそれに伴う停電するとガソリンスタンドでは通常の給油はままならない。災害が起きればガソリンスタンドまでのガソリンの輸送がままならなくなり、停電すれば電動のポンプが使用不能になる(非常に遅い手動ポンプで対応することになる)からだ。過去に大規模な災害を経験した人であれば、ガソリンスタンドに長蛇の列ができ、ガソリンが入手困難になることは経験しているだろう。
マジです。
— mania3bb (@mania3bb2007) December 16, 2020
↓p.48
ガソリン流通が止まり、公共交通が震災で動かないなか、自動車で移動するにしても燃料がない、という深刻な事態に直面し、3、4日後には、在庫ガソリンを求めて市内各地で給油所に長い行列ができるなど、市民生活は大きな混乱に陥った。https://t.co/6FplrjyrZZ
③太陽光発電との組み合わせ
最も強力な災害対策はV2H(家庭への給電)に対応したEV(または蓄電池)と太陽光発電の組み合わせだ。昼間に太陽光発電で発電した電力で充電して発電しない夜間はEVや蓄電池に貯めた電気を使用することで、災害時でも停電とは無縁の生活を送ることが可能となる。
なお、実用的な容量の蓄電池を単体で買うと数百万円(最もリーズナブルなテスラパワーウォールでも工事費込で150万円程度から)することを考えると、80万円の補助金を適用すれば250万円程度から購入できる日産リーフは非常にリーズナブルな災害対策と言えるだろう。
2-7. EVは浸水したら壊れたり、感電する?
EVが高電圧のバッテリーを使用していることを引き合いに、「洪水などで浸水したら壊れて使えなくなる」「浸水したら感電する」などという主張があるが、浸水は設計時に対策され感電事故は1度も発生しておらず、嘘の主張である。EVのバッテリーは完全に密閉されており、万が一漏電を検知すれば瞬時に車体から切り離されるように設計されている。
例えば日産リーフでは以下のような冠水路での走行試験を行っており、水深80cmでも走行が可能であることが確認されているという。(ただし床上まで浸水した場合は点検が必要)
加えてHVでもEVと同じ高電圧のバッテリーを使用しており、EVが感電するのであればHVでも同様に感電する可能性がある。浸水への対応は法律でも定められており、具体的な法規制や対策については以下の記事が参考になる。
2-8. EVはバッテリーが燃える?
過去のバッテリー発火事故を引き合いに「EVのバッテリーは燃えるので危険」とする主張があるが、発火事故はガソリン車・EVを問わず発生するもので、EVの方が燃えやすかったり危険であるという統計や科学的な根拠は存在しない。
例えばテスラが2020年に公表した「2019 Impact Report」によると「テスラ車の火災は約2億8千万kmごとに1件で、米国の平均である3千万kmごとに1件と比べて約10倍少ない」としている。
この他、米国の政府機関であるNHTSA(米国運輸省道路交通安全局)の報告でも「EVの発火事故の危険性はガソリン車以下」であるとされている。
参考:Lithium-ion Battery Safety Issues for Electric and Plug-in Hybrid Vehicles
あえて触れるのであれば、バッテリーの種類(材料)によってリスクが変わる場合がある。例えばBYDやCATL社が生産し一部のテスラモデル3に搭載されているLFP電池や、将来的に実用化されるであろう全固体電池は安全性が高いと言われている。
3.環境性
3-1. 日本ではEVよりもHVの方がエコ?
火力発電が多い日本の電源構成比を引用して「EVよりもHVがエコ」とする主張があるが、この主張は「木を見て森を見ず」といえる。確かに個別の車種や条件では逆転する場合もあるものの、条件の設定によって結果が大きく変わるため以下のように総合的に判断する必要がある。
最新の論文をもとに日本の電力の二酸化炭素排出量に近い550gCO₂eq/kWhで計算した排出力は以下の通りであり、車種別では逆転している場合もあるものの、多くの場合でガソリン車やHVよりもEVの排出が低くなることを示している。
この他ケンブリッジ大学などによる以下の研究では、日本を含む世界の95%の国と地域では既にEVの方が排出が少ないとされている。
※参考:Electric cars better for climate in 95% of the world
車の平均的な廃車までの期間は10年以上であり、ガソリン車ではエンジンの摩耗などにより燃費が悪くなる事はあっても、後から燃費が向上する(=排出量が減る)ことはない。これ対してEVはこの逆で、今後再エネが増えるに従って発電での排出量が減り、走行による排出量は下がる一方である。
2020年に政府が発表したグリーン成長戦略によると、カーボン・ニュートラルとなる2050年の再エネ比率は「50~60%を軸に議論を進める」とされているほか、小泉環境相により2030年の再エネ目標を現行の倍近い40%とすることが宣言され、アスクル・アマゾン・Appleなどが加盟する国内の環境団体である「JCLP」は2030年に50%とすることを政府に提言している。
※参考:小泉環境相、2030年再エネ40%超を宣言 現行目標から倍増
※参考:「2030年再エネ比率50%」の目標設定を求める提言を発表
また、グリーン成長戦略で発表された2050年の「50~60%」という再エネ比率については研究者からは「あえて低い目標を設定している国の事例を参考にしている」という批判もあり、さらに上向き修正される可能性もある。
しかしなんでわざわざ再エネ目標の低い2国を取り上げてそこと比較するのか、イノベーションが「できないできない」と言い訳する意見だけをわざわざ記載するのか、日本の将来をこれから議論するにあたってこの情報提供の仕方はあまりにバランス悪すぎませんか…?
— 安田 陽 (@YohYasuda) December 25, 2020
仮に上記の目標により今後再エネが増えて排出量が半分の280gCO₂eq/kWhまで下がった場合、以下のようにさらに差が広がることになる。
主にガソリン車メーカーや石油関連企業によって「EVの方が排出量が多い」とする主張があるが、これらの主張は以下のように「EVに不利な古い条件や非現実的な条件」が設定されている。
3-2. カーボン・ニュートラルの達成にもHV?
前述の根拠をもとに「目的はあくまでカーボン・ニュートラルの達成であり、排出量を減らせるHVが欠かせない」とする主張があるが、前述の通り日本でもEVの方が排出力が少なくなる条件が多く、科学的な根拠に基づかない誤った主張である。
確かに「HV技術で負けている欧米中が日本メーカーに対して優位に立つために急速にEV化を進めている」という側面はあるものの、ガソリンを燃やす以上はHVではカーボン・ニュートラルを達成できないことは確かであり、EV化と再エネの普及(発電による排出量の削減)を迅速に進める必要がある。
3-3. バッテリー製造で大量のエネルギーを使うからエコではない?
EVに使われるリチウムイオンバッテリーの製造工程を引き合いに「バッテリーの製造で多くのエネルギーを消費するため環境に悪い」とする主張があるが、これも前述の通り古い情報や非科学的な情報に基づいた誤った主張である。
例えばマツダの論文ではバッテリーの製造における排出量に177kg-CO2/kWhという想定を用いているが、最新の研究では量産や再エネの導入により52~65kg-CO2/kWhまで減っている。
※参考:Personal Vehicles Evaluated against Climate Change Mitigation Targets
※参考:New report on climate impact of electric car batteries
近年の電池工場をみると、例えば2024年にリニューアルされたPanasonicの和歌山工場では再エネ100%で電力を賄い、同時に国内の9拠点でカーボンニュートラルを実現。さらに2028年度中には、世界の全20拠点でカーボンニュートラル達成を目指すとしている。
※参考:EV向け「4680セル」電池の量産準備完了、パナソニック エナジーが和歌山工場で
また、電池工場以外にも「原料の採掘や精製段階で多くのCO2を排出する」という指摘があるが、前述の通り、現時点でもトータルで見ればEVの方が排出が少ない。さらに、将来的には採掘や精製についても削減可能である。採掘においては重機やトラックの電動化を進め、精製においては電力網のクリーンエネルギーへの移行に伴い、排出量は減ることになる。
豪・鉱業の電動化を目指すEPCA、100トンのBEV鉱山トラックを年間50~70台生産する計画を発表。
— Sakura Yae/八重 さくら (@yaesakura2019) August 25, 2024
同国では5,500台の鉱山トラックが運用中で、これまで遅れていた鉱業の脱炭素が期待されています
EPCA plans to convert 50-70 mining trucks to electric power annuallyhttps://t.co/2UVrusSkIR
3-4. バッテリーがすぐに劣化して交換が必要なのでエコではない?
前述の通りバッテリーが劣化した事例を引き合いに「すぐに劣化して交換が必要になり、結果的に環境に悪い」とする主張があるが、これも前述の通りバッテリーの寿命が伸びた近年のEVには当てはまらない。
ちなみにEVで最長距離のギネス記録を保持しているドイツのHansjörg Eberhard von Gemmingen氏は2019年11月にモデルSで100万kmを突破、2020年12月には123万kmに達した。29万km走行後に初めてバッテリーを交換したが、最後にバッテリーを交換してからは既に70万km近く走行しており、耐久性が向上していることが伺える。
Es macht Spaß https://t.co/NawatWFLKw pic.twitter.com/EXHfAa1l8l
— Hansjörg von Gemmingen - Hornberg (@gem8mingen) December 11, 2020
※参考:This Tesla Model S P85+ Just Passed One Million Kilometers On Odometer
3-5. 廃車や電池リサイクルによる環境負荷が高い?
EVには大きな電池が搭載されていることから、廃棄やリサイクル時の環境負荷を指摘する声がある。確かにEVは内燃車とは異なり電池のリサイクルも考慮に入れる必要があるが、これは当然ながら前述の比較でも考慮されている。
また、廃棄量(EVの廃車)の増加に伴いリサイクル技術が進化する点も重要だ。例えば従来のリサイクル手法では原料を高温で溶かすために多くのエネルギーが必要だったが、アメリカ電池リサイクル新興のRedwood Materialsなどが採用する新たな手法では、電池自体に残っているエネルギーを活用することで、使用するエネルギーを節約することに成功。同社では使用する全てのエネルギーを全て再エネで賄うと同時にコストを抑え、2030年には新たに採掘・精製される原料と比べて半分のコストで供給可能になるとしている。
※参考:EV battery recycling is costly. These 5 startups could change that
※参考:【Redwood Materials】テスラから独立、注目のバッテリーリサイクル企業
3-6. FCVは究極のエコカー?
これまでに解説したような誤ったEV・バッテリーの知識をもとに「EVではなくFCVが本命」とする主張がある。確かにFCVは5分で満タンになり走行時には水しか排出しないため、一見すると魅力的に感じるかもしれない。しかし以下のような解決すべき課題が多く存在することを知っておく必要がある。
①カーボン・ニュートラルへの道は険しい
現状ではEVでも発電時にCO2を排出しているように、水素の製造や輸送、充填でもCO2を排出している。現在主流となっている水素の製造方法は天然ガスからの改質であり、排出量の少ない圧縮水素輸送でも1Nm3あたり1.62kg、1kgに換算すると約18kgのCO2を排出する計算となる。燃費は152km/kgなので、走行距離あたりで換算すると約118g/kmの排出となり、EVやHVと大差ない計算となる。
しかし問題は走行による排出を0にする方法だ。例えばEVであれば再エネ100%で充電することで排出が0となるが、FCVの場合は再エネ100%で作った電気を使って水素を作り、その水素を輸送・充填する必要がある。工程が増える分どう頑張ってもEVより効率が悪くなり、コストも上がる。充填前に水素を800気圧に圧縮、さらに-40℃まで冷やす(プレクールする)必要があり、ここでも多くのエネルギーが消費される。
上記の計算例ではEVが発電したエネルギーの77%を使えるのに対し、FCVでは半分以下の33%まで低下してしまう。言い換えると、FCVが再エネ100%でカーボン・ニュートラルを達成するには、EVで達成するより約2.5倍も多く発電する必要があるということだ。さらに技術が進み効率が改善する2050年においても約2倍の差が付くと予想されている。
また、カーボン・ニュートラルなグリーン水素の生成方法として人工光合成も研究されているが、現時点では効率・コスト面などから実用化の目処は立っていない。
②5分で充填できるとは限らない
最初に「5分で満タン」と書いたが、これには条件がある。水素ステーションは種類によって供給能力に差があり、古い時期に建設された水素ステーションでは1時間あたり3台~4台程度しか充填できない。例えば前車が充填した直後など、タイミングによっては20分ほどかかる場合があるのだ。
具体的には上記サイトで「300Nm3/h未満」と書かれている場所、全体の半数近くがこれにあたる。
③インフラの整備コスト
自宅でも充電できるEVとは異なり、水素を補充するには水素ステーションが必要となる。水素ステーションの建設には2019年現在で1基あたり3.5億円かかっていて、2025年の目標でも1基あたり2億円とされている。これは水素ステーションの整備が遅れている最大の理由にもなっている。
例えばEVの急速充電器であれば多くは1千万円以下、国内で最も高価なテスラの250kW出力に対応したV3スーパーチャージャーでも4基で1億円未満であり、1基あたりでは14倍以上の差がある。もちろん全ての急速充電器を250kW対応にする必要はなく、そもそもEVは自宅充電が基本であるため水素ステーションほど多くの急速充電器を整備する必要もない。
④燃料コストと補助金
現在は比較的安価な天然ガスの改質で製造している水素だが、それでも採算がとれるコストではなく、多額の補助金を投入してやっとガソリン車換算で15km/L程度の販売価格に下げている。販売コストは1,000円~1,600円/kg程度でこれに補助金が最大2/3支払われており、最低でも1kg(152km走行分)あたり600円以上の税金が投入されていることになる。
※参考:令和2年度「燃料電池自動車新規需要創出活動補助事業」の概要
⑤水素の正しい活用方法は?
以上のことから、世界の多くの国では乗用車に水素を燃料とするFCVを採用せず、EVを普及させる方向で動いている。それでは水素は不要かといえばそんなことはなく、正しい使いみちも存在する。
例えば車両の動力源として使う場合は自動運転で1,000km以上をノンストップで走る必要がある長距離トラックや大量のエネルギーが必要となる重機、さらに鉄道車両や船舶、飛行機などが有力な候補になる。一方で車両以外では製鉄など、電気では達成不可能な高温が必要となる産業向けとしては有力だろう。
なお、エネルギーの貯蔵においても高圧・低温保管が必要な水素ではなく、常温で保管可能かつ低コスト化が予想されるアンモニア、またはレドックスフロー電池などが有力な候補となる。
一番重要な事は「適材適所」であり、どんな技術であっても「最も向いている用途に使用する」ことがカーボン・ニュートラル、そして豊かな未来への近道になるだろう。
※参考(当ブログ記事):水素燃料電池車(FCV)が電気自動車(EV)に負ける理由
4. 参考文献
参考文献は本文内のリンク先をご参照ください。この場を借りて、引用元の皆さまに感謝申し上げます。
また、特に参考となった文献について以下で改めて紹介させていただきます。まだご覧になったことのない文献がありましたら、ぜひご一読ください。
最後までご覧いただきありがとうございました!
次回の投稿もお楽しみに!!