水素燃料電池車(FCV)が電気自動車(EV)に負ける理由

記事作成:2020/10/22
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皆さんおはようございます、八重さくらです!
今回はFCVの問題点を明らかにし、EVに負ける理由を徹底解説します!

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2015年、世界初の量産水素燃料電池車(FCV)であるトヨタ「MIRAI」が発売。ガソリン車と同等の「実用性」と排気ガスを出さない「環境性」をもつとされ、未来の自動車として期待を込められた。

しかし世界では2010年に初めて量産型が発売された電気自動車(EV)が2020年現在でも優勢であり、近い将来それが逆転する可能性は低い。

今回はその理由、そして自動車の動力源にまつわる世界の流れを紐解いてみよう。

1. ミライの自動車?

自動車は約100年もの間ガソリンを燃料とする内燃機関車(ICE車)が主流だったが、1997年で京都議定書が採択されたことを皮切りに、環境に配慮した次世代の自動車の必要性が叫ばれるようになった。

同年、これに合わせたようにトヨタ・プリウスを始めとしたハイブリッド車(HV車)が登場し、2010年には最初の量産型EVである日産リーフや三菱アイミーブが発売、環境性能を重視した自動車が増加。

しかしHV車はガソリンを使うためCO2の排出は無くならず、EVは航続距離や充電時間に課題があるとされ、それらの課題を解決するために満を持して発売されたのがFCVだ。走行時は全く排気ガスを出さず、数分で水素充填で650km走行可能とされた。

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トヨタMIRAI公式サイトより

しかしFCVの発売から5年が経ち、いま自動車の動力を取り巻く環境は大きく変わろうとしている。

2. 発売から5年経って

2015年の発売から2020年で5年、2014年に発表された目標では2020年頃までに水素ステーションを160カ所程度、FCVを4万台程度普及する目標だった。ステーションの数を見れば今年度で157箇所と目標を達成しているように見えるが、これには移動式も含まれており、定置型でも週に2~3日の昼間しか営業しないステーションも多く含まれている。水素ステーションの数が少なく利便性が低いため、車両の販売数は2020年6月時点で4000台に満たず目標の10分の1以下にとどまる。

また、初期に登場した性能が低いステーションは供給能力が低く、1時間に3~4台程度しか充填できないものも含まれている。(リンク先の供給能力が300Nm³/h未満のステーション)これらのステーションでは運が悪ければ充填に20分程度かかる可能性があり、当初謳われていた「数分」で充填できるとは限らない。

加えて現在水素を作る主流の方法は電気分解や天然ガスの改質であり、いずれもEVやHVよりもCO2を多く排出するため、期待されていた環境対策効果は得られていない。

3. 普及の壁

これだけ聞くと高性能な水素ステーションを増やせば問題が解決しそうにも思えるが、大きな壁が存在する。

水素ステーションの整備には2019年の時点で1基あたり3.5億円程度かかっていて、2025年の目標でも2億円とされている。2025年に現在の2倍である320基の整備が目標とされているが、仮にコストが2億円だとしても160基x2億円で320億円の費用がかかることになる。ちなみにEVの急速充電設備は数百万円で整備可能であり、水素ステーション1基の費用で数十基を整備できる。

さらに水素ステーションが整備されても水素を生成するコストも忘れてはいけない。現在の水素ステーションでの販売価格は1,000円~1,600円/kg程度だが、この価格は補助金により実現している。(2020年は最大で経費の3分の2、2,200万円まで)

車両価格も700万円以上と高価で、補助金が約200万円(なんとEVの5倍!)出ても500万円以上となる。(ただし値引きや地域自治体の補助金を活用することで相当安くすることも可能)

4. EVとの比較

次にFCVと並んで環境対策で注目されているEVと比べてみよう。

まずは当初課題とされていた航続距離や充電時間だが、例えば最新のテスラモデルSであれば満充電で652kmとトヨタMIRAIと変わらず、最新式の急速充電設備(出力250kW)で充電した場合、5分で約135km走行分を充電可能である。また、水素ステーションでしか充填できないFCVとは異なり、EVであれば自宅でも外出先でも車を停めている間に充電が可能であり、充電が終わるまで車の前で待つ必要はない。全く休憩せずに1,000km以上走る人には物足りないかもしれないが、ほとんどの人は充電待ちは発生せず、むしろ給油時間を節約できるだろう。

次に初期費用と維持費について。EVの初期費用はバッテリーの容量にもよるが、300万円~500万円程度で航続距離500km以上走行可能であり、多くの場合FCVより安くなるだけでなく、比較対象の車種によってはガソリン車より安くなる場合も少なくない。維持費についてはFCVはHV車と同程度の燃料代であるのに対し、EVは(電気の料金プランにもよるが)HVの半分程度まで下げることも可能だ。

最後に環境性能について。FCVは水素を作る方法によってCO2の排出量が大きく異るが、先に述べたとおり現在使われている方法ではHVやEVよりも多くのCO2を排出している。また、水素から電気に変換する燃料電池の効率が低いため、例えば「再エネ電力をバッテリーにためて、EVで走行する場合」は73%の効率であるのに対し、「再エネ電力を使って電気分解で水素を作り、FCVで走行する場合」の効率はわずか22%まで下がると試算されている。

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TRANSPORT&ENVIRONMENTより引用

FCVの効率が悪いもう一つの理由が充填前の「プリクール」と呼ばれる、水素を極低温まで冷やす工程だ。これは水素をタンクへ充填する際に温度が上がってしまうためで、タンクなどの破損を防ぐために必要な工程だが、2019年現在の技術ではこの工程に水素1kgあたり13.6kWhの電力が必要となる。MIRAIの満タンに必要な4.6kgを処理すると62.56kWhの電力を消費する計算となり、テスラモデルSであればこの電力だけで約400kmも走れてしまう計算となる。

5. 世界の流れ

2019年の世界の販売台数を比較するとFCVが7,500台に対し、EVはテスラモデル3の1車種だけで30万台以上販売している。また、EVは既存メーカーだけでなく米中を中心に多くの新興メーカーが誕生し、現在も急成長を続けている。

EVはモーターやバッテリーなどの汎用的な技術の組み合わせで作れてICE車やFCVと比べて参入が容易であることに加え、インフラ整備が容易(世界で100万基以上の公共充電設備)で、ほとんどの家庭まで電気が通っていて自宅で充電可能であることも普及を後押ししている。

従来の課題とされていた航続距離はすでに解決しており、充電時間も7分で50%、15分で80%まで充電できる目処が立ち、さらに2~3年程度で現在の半額に近い260万円程度まで価格が下がるとされている。

一方でFCVは2025年でもHVより70万円高い価格目標が設定されており、EVよりコストが下がるにはさらに時間がかかる見込みであることから、今後EVを超える急成長は期待できないだろう。

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世界の累計EV販売数(Global_EV_Outlook_2020より)

6. 国際競争力のある自動車産業

この様なFCVの普及が難しい状況において、

・FCVにEVの5倍もの補助金を出して普及を促進
・1基あたり数億円の水素ステーションを全国にまんべんなく建設
・それらの水素ステーションの運用の補助

といったことに税金を投入しても、投入した税金の分の見返りが得られないことは明白である。そして自動車産業はグローバルな産業であり、世界の流れに逆らってガラパゴス化することは自動車産業の衰退を意味する。

ただし勘違いしてはならないのは「FCVは不要」と言っているのではなく、「技術が未熟な段階で税金を投入して不向きな用途に普及させる」ことに異議を申し立てている点だ。FCVの利点である高いエネルギー密度や短い充填時間は長距離トラックや船舶・飛行機などには有用であり、これらの用途であれば高価な水素ステーションの設置数も抑えられる。多少効率が悪くてもFCVが必要な場面はあり、適材適所の観点が必要である。

また、FCVの高価なインフラ整備に多額の税金を使った結果、欧米中などと比べてEVのインフラ整備が遅れており、例えば急速充電設備が「多いところでも1箇所に付き2~3基程度」「出力100kW以上の急速充電設備が存在しない」といった弊害が発生している。一方で海外ではすでに1箇所に100基を超える急速充電設備を備えていたり、出力250kW~350kWの超急速充電も当たり前となっていて、桁違いのインフラ整備が進んでいる。

当然ながらインフラの整備が遅れれば車両が発売されることはなく、国内自動車メーカーはEVに消極的な姿勢を崩しておらず、このままだとガラケーがスマホに淘汰されたように自動車産業も近い将来淘汰されるかもしれない。

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このように一般消費者にFCVを普及させるには多くのハードルがあり、世界のEV化の流れに乗らないことは大きなリスクを背負うことになるでしょう。

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